大阪天王寺ミオの占いフェス体験談!独身の私が四柱推命で救われました

38歳・主婦・四柱推命

当時、私はまだ独身で、とにかく苦しくて苦しくてたまらない日が続いていました。

人間関係でトラブルはないけれど、それはトラブルを起こさないように必死で自分を演じているだけでした。

どうにもならないことの答えを求めて、とにかく誰かからの救いの言葉を渇望していた矢先です。

「天王寺ミオ」の新春占いフェスタに通りかかりました。

そこで、占い師の先生からずっと求め続けていた救いの言葉をもらえたのです。

今回は、四柱推命で将来の結婚相手と小説家としての進路を占われた体験談をご紹介します。

 

「天王寺ミオ」の新春占いフェスタで人生初の占い体験

「天王寺ミオ」の新春占いフェスタには、多数の占い師さんが難波からやって来ていて、予約や気負いもなく、お手軽な料金ですぐに占って頂けるようでした。

私は、占い師さんに千円札を一枚渡しました。

この日が、私の占い初体験です。

先生は綺麗なネイルが施された美しい指先で、私の生年月日を筆書きすると、まるでコンピューターのような速さで鑑定、優しい声で私に語りかけました。

 

「年上の人と付き合いなさい」という驚きの言葉

「あなたは、一歳でもいいから年上の人と付き合わないとだめよ」

開口一番の占い師さんの言葉に息を呑みました。

その通りでした。

昔から私は同じ学年がとても苦手で、息が止まるような苦しさの中で、なんとか命をつなぐように学校生活を送ってきたのです。

そんな私を救ってくれるのは、いつも年上の存在でした。

女性でも、男性でも、とにかく年上の人のお陰で、ギリギリのところを救われてきたのです。

占い師さんが、私が最も確信していることをさらさらと語るので、正直驚きを隠せませんでした。

実は初めての占いで疑心暗鬼もあり、自分からは一切何も言わないでおこうと思っていたのです。

 

錆び付いた心を開く魔法の言葉

「苦しかったのです」

思わず自分の口から、周囲の誰にも言えなかった弱音と本音が出ました。

「どうしても、同級生と上手くいかなくて。それは全て自分に問題があるのだと思って、ずっと自分の持つ性格を責めて生きてきました」

占い師さんは、そんな私に本当に優しく、包み込むような声で、

「大丈夫よ。それでいいの。あなたは年上と付き合っていけばいいのだから」

と、いとも簡単に言って下さいました。

ごちゃごちゃと絡み合う糸のように、出口なく、答えがなく、そんな先が見えない息苦しさの中で、愛想笑いの日々で、私は自分自身を肯定する言葉を失っていました。

上手くできない自分は価値のない人間で、我慢が続かない自分は劣った人間で。

それなのに、占い師さんは、それこそに価値があり、それが正しいと言って下さったのです。

それどころか、

「あなたは、そうじゃないとだめなの」

とまで。

それは、私の固く閉じられた心の鍵を開くには、十分すぎる言葉でした。

実は、独身だった私には、その時好意を持ってくれる男性がいました。

彼は、私にとって正直全然タイプではありません。

自分を好いてくれる人に振り向くか、本当に自分が好きになれる人を見つけるか。

悩んでいるところでもありました。

占い師さんは、それを見抜くように、

「あなたは、追いかけるよりも、追いかけられた方がいいのよ」

ニッコリと微笑んで私を見つめました。

 

臆病で自信が持てない私への最高のエール

「あなたは自分に自信がないから、それを与えてくれる人がいいのよ」

占い師さんは、それまでの鑑定の言葉を、より分かりやすく前後つなげてくれるのです。

「その人は年上なの?」

実際、その人は私より一つ年上の人でした。

彼の生年月日を伝えます。

こんなに沢山占って貰ってもいいのかな?

そんな喜びの中で、もじもじしながら結果を待ちました。

「うん。悪くない」

彼との相性は悪くないらしいのです。

でも、特別に相性が良いわけではないのに、大丈夫なのかな。

思わず不安が過ぎります。

すると、先程のように、いとも簡単に私を安心させる魔法の言葉で語りかけて下さいました。

「大丈夫。彼の気持ちは、ずっとあなたにありますよ。最初の気持ちと変わらない心で、あなたをずっと追いかける意志の強さが彼にはあります。本当にあなたのことが好きなのですね。まさに継続は力なり。それは、どんな運命の強さよりもすごいことなの」

その時私は、ちょっとだけ彼と特別な関係になりたいと思っていた自分に気付きました。

けれどそれは、タイプではないと分かっているのに付き合ってしまうようなだらしなさと、罪深さを同時に感じさせるのです。

けれど占い師さんは、そんな私に、

「人の愛情に答えることは、罪深さどころか、人助けに近いくらいの歓びを相手に与えることですよ」

と、教えてくれたのです。

そんな考えがあるなんて知りませんでした。

案ずるより産むがやすし。

そんなことは分かっていても、慎重なタイプの人間にはなかなかできません。

私は、もっと確かで、もっと誠実な言葉を求めていたのかもしれません。

ずっと誰かに背中を押して貰いたかったのです。

けれどそれは、私を知っている人では意味がないような気がしていました。

通り一遍の当たり障りのない言葉では、固く閉ざされ、錆び付いた私の心は開くことはありません。

それなのに、頑張ってくれようとする人を見るのが辛かったのです。

私が誰にも相談できずに生きて来たのは、他人の気持ちを考えすぎて、自分の気持ちを置いてきぼりにしてしまう辛さと不毛さからでした。

占い師さんは、まさにプロフェッショナルです。

占いの技術と日々の勉強もさることながら、それに付随する豊かな経験と言葉の数々。

到底、普通の人では及びません。

占い師さんが、時に「母」だと言われているのは、人々が心に持つ最高の称号がそれだからなのだと思います。

鑑定中、何度も新しい自分が生まれていくのを感じました。

それどころか、錆び付いて、傷だらけになってしまった死に行く心まで見つけて下さり、

栄養を与えてくれ、救い出してくれました。

 

信じていた自分の力をさらに大きくしてくれる言葉

自信のない私でしたが、その頃一つだけ頑張っていたことがありました。

それは、物語を書くことです。

周りには隠していたことですし、将来そのことがどうなるかなんて、全く想像できません。

占い師さんは、ふいに、

「あなたは孤独を愛する人ね」

少し寂しそうに笑ってから、でも真っ直ぐな瞳で私に言葉を続けて下さいました。

「それでいいの。あなたはコツコツと一人で向き合う仕事が向いているわ」

その時、私は、誰にも言えなかった憧れを口にしていました。

「お話を書く人になりたいのです」

ハッとした顔のあと、すぐに私の手を強く握り、

「そう、それでいいの」

と、またもやあの魔法の言葉を私に与えてくれました。

「とても向いているわ。諦めないでね。必ず叶いますよ」

 

最後に

鑑定後、しばらくして私は彼の告白を受けました。

彼の告白の中には、

「大好きな君に、ずっと文章を書いていて欲しい」

という言葉がありました。

ずっと私の書く物語の読者であり続けた彼は、今は私の夫です。

可愛いこどもに恵まれ、今、私は我が子の為だけにお話を作っています。

占い師さんの鑑定の後、私は多くの小さな賞を頂きました。

ずっと諦めないでいたからです。

辛くなった時、悲しくなった時、色々なことが分からなくなった時。

「それでいいの」

あの魔法の言葉をいつも心に蘇らせます。

綺麗なラベンダー色の指先。優しい声。達筆な筆文字で書かれた鑑定の記念。

自分がもっと自分でいられるために。

自分がもっと、愛し、愛されるために。

一人のプロフェッショナルが自分に向き合ってくださったあの時間の尊さを、いつも想います。

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